越前焼と水野先生

  越前焼は平安時代末期に始まり、800年以上焼き続けられていますが、この焼物に「越前」の言葉が初めて使われたのは、東洋陶磁研究の第一人者であった故小山冨士夫先生の著書「越前の古窯」(1947年)です。

 それまでは、「織田焼」「ふくい焼」「小曽原焼」と呼ばれ、地元やごく一部の研究者だけしか知らなかった焼物でしたが、小山先生が1942年に越前窯址を調査し、「わが国で最も重視すべき窯の一つ」であることを確認したことで、瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前の五古窯に匹敵する六番目の古窯として全国的に知られるようになりました。

 小山先生の指導を受けた地元の古窯址研究者、水野九右衛門先生が越前窯の解明を生涯の研究テーマとして、その調査・研究に全力を注ぎ、今日の越前焼研究の基礎をつくりました。

 水野先生は、40年以上の研究を通じて、中世の越前焼をはじめとする様々な資料を収集し、越前焼の成り立ちを明らかにしました。 また、コレクションを公開するために私財を投じて、1968年に越前焼研究の拠点となる「水野古陶磁館」を建設しました。

水野先生水野先生発掘作業

 その後、水野先生は中世越前窯の復元を行い、焼成実験を行うなどの研究を進めましたが、復元古窯の3回目の実験前に急逝されました。 先生の死後、研究は教え子に引き継がれ、越前焼の歴史が明らかなりました。また、先生が収集された資料は「水野九右衛門コレクション」として、国の登録有形文化財登録を受けています。

  越前古窯博物館は 水野先生の遺志を引き継ぎ、越前焼の研究を進めるために、「水野古陶磁館」を陶芸村に移設し、水野コレクションを始めとする古越前の研究を進める拠点です。

 

 水野九右衛門先生年譜

元号 西暦 年齢 できごと
大正10年 1921 0歳 5月7日 鯖江市に生まれる。
昭和18年 1943 22歳 東洋大学文学部文学科(人形浄瑠璃 熊野を研究)卒業、学徒出陣する。
昭和20年 1945 24歳 丹生郡宮崎村熊谷の水野知子と結婚。自宅周辺の水田・山麓にある越前焼陶片を集めて、越前焼研究を始める。
昭和22年 1947 26歳 丹生高等女学校(現 丹生高等学校)教諭となる。
昭和23年 1948 27歳 小山冨士夫が越前古窯調査のため水野家に一週間滞在、北野七左衛門を交えて三人で越前焼について語る。この後小山の指導を受けながら越前焼の研究を本格的に始める。
昭和24年 1949 28歳 丹生高等学校に郷土研究部を作り、その紀要に「越前古窯の研究」を発表
昭和28年 1953 32歳 3月 福井銀行武生支店に小山冨士夫氏を招き、越前古窯の記念講演を行う。12月 丹生郡の文化財調査・保存・研究を目的とした丹生郡文化財研究会を作り、理事となる。
昭和29年 1954 33歳 武生市公民館・日本陶磁協会武生支部共催で「陶磁展」が武生市公会堂で開催される。古越前50点展示する。(11月13日から15日)
昭和30年 1955 34歳 10月 武生市京町の浄秀寺で「越前古窯展」を開催する。この頃より夏休みを利用して毎年東京国立博物館・小山冨士夫宅などに長期滞在、古陶磁の研究を行う。
昭和32年 1957 36歳 武生市広瀬古窯群の発掘調査を行う。
昭和34年 1959 38歳 丹生郡清水町小羽遺跡の発掘調査を行う。
昭和35年 1960 39歳 6月 名古屋大学講師楢崎彰一を越前古窯に案内、以後30年に及ぶ交流が始まる。
8月 武生市野々宮廃寺の発掘調査を行う。
昭和37年 1962 41歳 福井県立岡島美術館で「越前古窯展」を開催する。
昭和39年 1964 43歳 丹生郡朝日町仲条古墳の発掘を行う。
昭和40年 1965 44歳 名古屋大学講師楢崎彰一と共同で宮崎村小曽原神明が谷須恵器窯と越前町織田平等の上大師谷窯の調査を行う。
昭和43年 1968 47歳 4月28日 水野古陶磁館開館 20年間の研究成果を公開する。
昭和44年 1969 48歳 越前における石造美術・民俗・窯業などを研究する「越前文化の会」を作る。
昭和46年 1971 50歳 福井県陶芸館開館 審査会委員となる。
昭和47年 1972 51歳 丹生郡宮崎村熊谷の奥堂の谷窯の発掘調査を行う。(48年まで)
昭和50年   1975   54歳   小説「炎の舞」(津村節子著)に水田先生の名前で登場する。
宮崎村小曽原の上長佐窯の発掘調査を名古屋大学助教授楢崎彰一・福井県陶芸館と共同で行う。越前焼研究の集大成として、光美術工芸者より「時代別越前名品図録」を出版する。
昭和51年 1976 55歳 やきもの文化の向上により福井新聞社より文化賞を受賞する。
昭和52年 1977 56歳 丹生郡宮崎村小曽原上長佐窯の第2次発掘調査を名古屋大学助教授楢崎彰一・福井県陶芸館と共同で行う。
昭和54年 1979 58歳 丹生郡宮崎村熊谷の水上窯の発掘調査を行う。
昭和56年 1981 60歳 福井県教育委員会より福井県文化賞を受賞する。
昭和57年 1982 61歳 福井県立丹生高等学校を定年退職する。実験考古学として古窯の復元と焼成方法の研究を始める。福井考古学会発足 副会長となる。
昭和58年  1983  62歳  福井県窯業誌の責任編集を山口信嗣と共に行い、刊行する。
山本有三記念郷土文化賞受賞
昭和60年 1985 64歳 小山冨士夫記念賞受賞
昭和61年 1986 65歳 自宅近くに上長佐窯をモデルとした越前窯を復元する。国立歴史民俗博物館教授吉岡暢康等と丹生郡織田町平等岳の谷窯の発掘調査を行う。
昭和62年 1987 66歳 念願の復元窯で焼成実験を始める。
昭和63年 1988 67歳 復元窯を使い、2回目の実験を行う。福井考古学会会長に就任する。
平成元年 1989 68歳 9月25日没 

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